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| 一編の物語を読む気分 〜十五年の節目のフルート「私語り」〜 |
| 寺田 操(てらだ・そう=詩人) |
本書は、演奏生活15周年の節目に書かれた山形由美のフルート「私語り」である。バレリーナをめざしていた少女時代の回想、フルートとの出会い、イギリス留学、音楽世界をめぐるレッスン秘話や苦悩、業界の暗部と挫折、ヨーロッパひとり暮らしなど、音楽人生の厳しさは一様ではないことが窺える。だが、本書から伝わってくるのは、ターナーやワーズワースを生んだ国で暮らした山形由美の「フルート・イギリス物語」といったような一編の物語を読む気分にさせられた。
音楽家としての紆余曲折の人生や苦悩はあったとしても、重苦しく表現されていないことが爽やかだ。「フルートを吹きこなすには、あらゆる面でのコントロールが必要である」が「人にはごく自然に聞こえなければならない」「技術を超えた音楽そのものが残らなければならない」という彼女の音楽哲学は、文章にも表されている。
そうした思考の原点のひとつには、山形由美が幼い日にめぐりあった夢の物語を大切にしていることだろう。愛読していた『グリーン・ノウ物語』シリーズの舞台となったマナー・ハウスへの旅や、原作者ルーシー・M・ボストン夫人との出会い。主人公の少年トーリーが、かつて屋敷にいた子供たちの霊と交流する部屋が、現実にあったという驚き。窓辺でフルートを吹き、鳥たちを迎える少年。
フルートはクラシック音楽の近寄りがたさを取り払う魔法の楽器だとおもう。イギリスには古くから「バスキング」と呼ばれる、路上でのパフォーマンスの歴史がある。挿入されたケンブリッジの街角でバスキングに挑戦する若き日の山形由美の姿は、素敵だ。きっと、フルートを吹くという原点を思い起こさせる懐かしい写真の一枚だと思う。
舞台の袖からあらわれると大輪の薔薇をおもわせるフルーティスト・山形由美。オーケストラをバックに凛と立つと、音色からはかすかに黄水仙の香りが漂ってくる。やがて山形由美の身体は楽譜と一体になり、フルートの音色は湖水を渡る風になる。
そう、フルートは、天使の歌なのだ。 |
| (週刊読書人2002・3・1) |
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