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No.32 ヴェネツィアと私の365日

晩秋のヴェネツィアに下り立ったのは、ちょうど一年前のこと。
そして今、工場から届いたばかりのCD、
「ルーチェ〜ヴェネツィアの光と夢〜」を手にした私は、大きな感慨に浸っています。

パリに所用のあった私は、それに先立って日本で初共演したヴェネツィア室内合奏団の
演奏を、是非彼らの本拠地である教会で聴いてみたいと、
思い切ってヴェネツィアまで足を伸ばしたのでした。
2004年11月11日。その日、ヴェネツィアは息が白くなるほど冷え込んでいました。
迷路のように入り組んだ石畳の道をたどりながら、やっと目指す教会に着くと、
そこには演奏を聴こうと集まった人たちで溢れていました。
最前列に案内されると、座席にはかわいらしいブーケが置かれています。
それは日本からはるばる来た私への、温かな心遣いだったのでしょう。
ピンクや白の可憐な花は、寒さで凍えていた私を一瞬で溶かしてくれたようでした。
そして演奏が始まり、プログラムが進むにつれ、
彼らのハートの温かさがどんどん熱を増し、私たち聴衆に伝わってきました。
日本で共演した時に強烈に感じた、彼らの音楽を愛する心、それを音楽に載せて
聴く人に伝えようとする思いが、私のみならず、満場の聴衆に満ちてきたのです。
会場は大きな拍手に包まれ終演を迎えました。
そして名残惜しそうに会場を去る人たちがとうとういなくなって、
私は合奏団のメンバーと、東京以来の再会を果たしました。
懐かしく会話を交わすうち、
「私といっしょにCDを録音しませんか」という言葉が思わず口から出ていました。
ヴェネツィアで、彼らと共に、ヴェネツィアにまつわる曲をレコーディングできたら
どんなに素敵だろう、との思いが私の中でふくらんだからに違いありません。
「喜んで」という返事を受けた私は、帰国するとすぐに、実現に向け計画を始めました。

とはいっても、海外で海外のオーケストラとレコーディングするということは、大変なことです。
特に今回は演奏のみならずプロデューサーという、今までに経験したことのない役割を負って、
すべて自分の責任のもと遂行しなければならないという、大きなプレッシャーがありました。
どんなに詰めても次々湧いてくる細かな打ち合わせ事項や取り決め、契約問題、スケジュールの摺り合わせ…。
そのほか思いもかけないいくつもの大きな壁にもあたり、何度か中止や延期という局面もありましたが、
ついに4月、レコーディングのためにヴェネツィアに到着しました。
その日は期せずしてローマ法王の崩御なさった日。
街は静まり返り、サン・マルコ広場には半旗が掲げられていたのです。
いつもは観光客で賑わっているヴェネツィアとは打って変わったその風情に驚きながらも、
静けさの中で深く音楽に向かっていこうと意を新たにしました。

録音会場となったサン・サムエレ教会は、素晴らしい音響を持つ教会です。
場所決めのために2月に一度訪れ自分で納得して決めただけに、集中して録音ができるという予感がありました。
その予感はうれしいほど当たり、彼らの真摯で生き生きとした演奏に触発されながら、
私は思う存分フルートを吹くことができました。
そして最終日。
録音はマーラーの「アダージェット」を残すのみとなりました。
ヴェネツィアを舞台とした名画、「ヴェニスに死す」で流れた音楽を
私たちは心をこめて演奏していきました。
そして、最後の音の余韻が消えようとする時、教会の鐘が響いてきたのです。
それはご葬儀にあたり、天に召される法王様をお見送りする鐘の音でした。
こうして、ヴェネツィアにおける私たちのレコーディングは幕を閉じました。
通常ならば、運河からの雑音や、屋根に落ちる雨音などで録音が中断されることは避けられないこととされていただけに、
そんなこととは無縁の順調さで終えることができたのは、奇跡的といっていいほどだったと思います。
教会内に祀られていらっしゃる聖ヴァレンタインの、愛の力をもいただいたような気がしました。

このようなわけで、今月23日の発売を待つばかりに完成したこのCDは、
私にとっては大きな意義を持つCDとなりました。
ヴェネツィア室内合奏団の皆さんとの出会い、思い切ってヴェネツィアを訪れたこと、
壁にあたるたび、手を差し伸べてくださる方たちのお力をお借りしながらなんとか乗り越えたこと…。
どの瞬間も、私にとっての宝といえるひとコマです。
演奏生活20周年を目前に、これまでの経験で学んだことを全て凝縮した一枚が出来上がりました。
素晴らしい歴史に彩られた、華やかでそれでいてしっとりとしたヴェネツィアの風景の中、
そこに息づいてきた音楽の数々を、心をこめて演奏しました。
どうか、おひとりでも多くの方にお聴きいただきたいと節に願っております。
またこの場をお借りして、今回の初のセルフプロデユースCD制作にあたり、
温かなお気持ちをお寄せくださった方々に、心より感謝申し上げます。
2005年11月11日
山形由美
 
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